あさま銀嶺3号ぶろぐ

ヤフブロより移籍です

1980.11.22~24 急行 「 赤倉 」 の旅 -6


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往年のヒーロー、20系客車寝台急行802レ 「 天の川 」 でいざ上野へ



1980.11.23 802レ 「 天の川 」 上野行  新潟23:12→ 5:55上野

 EF58 87 高二   新潟~上野
 ・スユ 16 2007  新ニイ   〃
  カヤ 21 10   北オク・秋田~上野
1  ナロネ21 135   〃    〃
2  ナロネ21 145   〃    〃
3  ナハネ20 310   〃    〃
4  ナハネ20 226   〃    〃
5  ナハネ20 352   〃    〃
6 ナハネフ23 8    〃    〃  乗車3中
7  ナハネ20 356   〃    〃
8  ナハネ20 307   〃    〃
9  ナハネ20 303   〃    〃
10ナハネフ22 20    〃    〃




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当日みどりの窓口手配券 
本当は上り最終 「 とき28号 」 で高崎に戻る予定だったが、もう一ひねり欲しくなり新潟駅みどりの窓口で色々と思案、
「 天の川 」 で一旦上野まで行き、2321レで折り返すことにした。あいにく下段は埋まっていたが上・中段には余席があり、窓口氏にどちらにする?と聞かれたが、カーテンの隙間から外を眺められる中段をオーダーした。
これにより、「 赤倉 」 で到着してから5時間を新潟駅で過ごすこととなり、磐越西線客レや 「 きたぐに 」 「 つるぎ 」 などの夜行列車その他をひたすら撮影・・


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新潟始発大阪行 「 つるぎ 」
24系25型モノクラス編成。



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高崎線2321レの末裔?、長野からの1321レは気動車をぶら下げて到着。




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秋田からEF81に牽かれて到着、・・EF81が開放され、
それまでの最後尾カヤ21側にスユ16とEF58が連結された802レ 「 天の川 」



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貫禄のナハネフ22。 やはり 「 急行 」 は惜しい・・



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ここから本題・・6号車ナハネフ23の車内に入ると間もなく発車ベルが鳴り動き出した。 新津辺りまでは外の様子を通路の折りたたみイスに座って見ていたが、疲れからか眠くなり、ベッドに潜り込んで寝入ってしまった。
途中、石打でEF64の補機をつけて上越国境を越えて・・となるのだが、目がさめて外を見てみると既に新前橋付近! 驚きのあまり再び寝てしまい、次に目覚めると何と上野のホームに到着していた!! 
ベッドのカーテンを開けてみると周囲の寝台には既に誰もおらず、焦りまくって荷物をまとめて下車した。  フ~ッ!!!
20系ハネの寝心地がよっぽどよかったのか、銀河~赤倉の疲れが出ていたのか・・・





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2321レで帰着



1980.11.24 高崎線2321レ   上野 6:14→ 8:46倉賀野

 EF58 131 高二
・オハフ45 2003  北オク  (乗車)
・オハ 47 2240  北オク
・オハ 47 2278  北オク
・オハ 46 2537  北オク
・オハフ45 2202  北オク
・スハフ42 2006  高タカ
・オハ 35 2560  高タカ
・オハ 35 2557  高タカ
・オハ 46 2628  高タカ
・オハ 47 2320  高タカ
・スハフ42 2003  高タカ
・オユ 10 2571  北オク
・マニ 37 2018  北オク



「 天の川 」 の着いた13番線から2321レの出る8番線までスタスタ走って、停車中の旧型客車編成の一番前のオハフ45に席を取った。早朝のせいか結構空いており、二日前とつい先程南下した道を今度はこの空いている客車鈍行2321レで北上する。倉賀野まで二時間半の旅である。
大宮までの規格ダイヤ上では待ち合わせ列車もなく、上り「 あけぼの 」 などとすれ違いつつゴハチは快調に飛ばす。



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上り「 あけぼの 」


編成を見ると、今乗っているオハフ452003は8月27日の野辺山・清里行の2326レ
http://blogs.yahoo.co.jp/tett169/19013607.html
で乗った車両である。そして付属編成のオハ352557は二日前、この旅の最初に飛び乗った
http://blogs.yahoo.co.jp/tett169/24101498.html
車両である。 なんとなく懐かしくもあり、また嬉しい再会である。
大宮から先は客レ“らしい”ダイヤで、上尾で「 妙高1号 」 、熊谷で「 とき1号 」・「 ゆけむり1号 + 草津1号 」 、本庄で「 あさま1号 」・「 いなほ1号 」 と道を譲り、倉賀野まで二時間半を要する ( 115系電車鈍行では2時間弱 ) のである。


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新幹線工事の進む熊谷にて



実際、100キロ程の間に5本・6列車退避というのも珍しい列車ではないだろうか。(・・それがイイのだが・・)
 それでも、曇り空の高崎線を定刻どおり走り、倉賀野に帰着した。

・・・・・完