あさま銀嶺3号ぶろぐ

ヤフブロより移籍です

日本海へ・・

時折風雪の吹き荒ぶ柏崎駅
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1-  http://blogs.yahoo.co.jp/tett169/20530802.html
2-  http://blogs.yahoo.co.jp/tett169/20578467.html
の続きです。


信越本線柏崎駅  1980.2.10  8:25~9:19
柏崎駅での54分は長いようで短かった。1番ホームに降り立つとEF81に牽引された貨物列車が停まっていた。
入換作業を行っているようで、数両の貨車を残して長岡方面へ出て行った。

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1番線と2番線の中線にいた貨物列車


次に乗る1322レは3番線から出るので、誇線橋を渡ると今度は直江津方面行の貨物列車が停まっていた。
写真を写していると間もなく動き出した。黒い貨車に白い雪が印象的であった。

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積雪の上り貨物列車


さっきの直江津方からの下り貨物より、長岡方からの上り貨物の方が遥かに多く雪が積もっていた。・・上越線方面は吹雪いているのであろう。
貨物が出て行ってからも、時折激しい雪が降ったかと思うとサッと止んだりの繰り返しのままの天候。
そんな中、2番線から長岡行115-1000系6連ローカルが発車していった。


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新潟をボクの2時間後の7時30分に出た 『 雷鳥12号 』

やがて3番線に新潟7:30発の 『 雷鳥12号 』 4004M大阪行が入ってきた。この編成は金沢持ち485系で、4・5号車のサロ、6号車のサシ、9号車のサハは489系が組み込まれていた。
先の53-10で 『 つばさ 』 増発用に金沢から秋田へ食堂車が転属となったが、この際金沢局は 『 白山 』 から外されていたサシ489を転活用して温存し、秋田へはサシ481を転属させた。
やはり金沢局にとって”489系”は特別な「 虎の子 」なのだ。

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組み込まれたサシ489とサロ489


発車ベルが鳴り、幾人かの乗車客を乗せて 『 雷鳥12号 』 は大阪へ向け旅立っていった。ちなみにこの 『 雷鳥12号 』 は新潟をボクより2時間後の7:30に出て、柏崎へは20分ちょっとの差、さすがに特急は早い。



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315M 『 とがくし1号 』



雷鳥12号 』 が去ってから8分後、今度は2番線に上田からの新潟行165系急行 『 とがくし1号 』 315Mが到着した。 新潟の編成で、『 佐渡 』 の下り方7両 ←新潟McM'T'cTMcM'T'cで 信越本線327.1Kmの2/3にあたる
245.8Kmを走る信越本線の最長距離ランナーである。
時計を見ると9時10分、そろそろ1322レ入線の時間である。冬の柏崎も当分来ないだろうから、0番ホームに停まっている越後線128D折り返しの137Dを写して切り上げた。






日本海岸をゆく新潟発上野行信越本線経由客車鈍行
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1980.2.10 信越本線1322レ直江津行  柏崎9:19→直江津10:13
 EF81 76  酒   ↑直江津
・オハフ33 3006  新ナオ
・ナハ 10 2604  新ナオ
・オハフ33 2556  新ナオ
・オハフ45 2203  北オク
・オハ 46 2059  北オク
・オハ 47 2245  北オク
・オハ 46 2014  北オク
・オハフ45 2201  北オク  (乗車)

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柏崎駅に進入する1322レ


柏崎駅3番ホームに立っていると案内放送があった。「間もなく3番線には9時19分発、直江津普通列車が参ります」・・続いて業務放送で「1322列車接近!」と線路上の職員に警告していた。
程なく長岡方からローズピンクのEF8176が牽く8両編成の客車列車が入ってきた。この列車は直江津行ではあるが、実は新潟を5時55分に出て、新潟-1322-直江津-322-長野-326-高崎-2326-上野と、列車番号を替えつつ信越本線を縦走し、高崎線を経て上野に着くのは21時55分、
新潟~上野間(信越本線経由)428.5Kmを16時間丁度で走り、全区間の平均速度は26.7Km/hとなる。 下り列車はというと、上野を6時15分に出て、2321-高崎-321-長野-323-と同じく列車番号を何度か替えつつ新潟着は22時41分。上りより26分多く掛けて走る。(もっとも、下り列車では長野で一旦引き上げ線にはいってしまう)
さて、話を今乗っている1322レに戻そう。・・列車は鯨波を出ていた。夏のシーズン中には海水浴客で埋まる砂浜だが、冬の日本海の荒波が海岸全体を冷たく閉ざしている。柏崎であれだけあった雪がこのあたりではポツリポツリとしか見えない。ここから青海川、米山にかけては信越本線の有名撮影地だが、この真冬、雪と日本海からの強風の中では沿線に人影はなかった。


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日本海からの強風に煽られる冬の青海川駅ホーム


やがて青海川に到着、この駅も夏は海水浴客で賑わうのだが、今は客の居ない反対側下りホームに「長岡・新潟方面」と記されたペンキの剥がれかかった木の看板が冷たい波しぶきに打たれて寂しげに丸窓ドーム屋根に架かっていた。
車掌氏がホームに出てトランシーバーを片手に「こちら1322列車車掌、1322運転士どうぞ」「はい、こちら1322列車運転士」と応答があると、また車掌氏が「上り1322列車発車!」と発車合図を送る。同時にEF81のホイッスルが鳴り、ガッガッガッガッガッ・ガチン!と連結器が音を立ててゆっくり動き出す。そして車内アナウンス「次は笠島でございます。尚この列車は土底浜には停まりません。ご注意ください」と案内があった。
列車は灰色の日本海の海岸線をトロトロと進む。このあたりは信越本線で唯一の海が見える区間である。列車形態から言うと直江津~新潟は北陸本線の延長区間的な様相ではあるが、標高955mの信濃追分からこの海辺の各駅の2~3m?まで、これだけの標高差のある路線はそうはないであろう。


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笠島にて。 荷物車のない客車列車は最近めっきり減った。


この信越本線は、軽井沢・小諸・上田・戸倉・長野・黒姫・妙高鯨波などの観光地を抱え、年間を通して客は多い。高崎~直江津間は観光・ビジネス路線として、直江津~新潟間は日本海縦貫線の一部として役割は大きい。さてこれから高崎までの間、どんな車窓が広がるのか楽しみである。


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荒れている冬の日本海


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米山では長岡行521レと出会う。

米山に着いた。ホーム反対側には、ボクが今朝越後線に乗っていたころ富山を出た522レ長岡行が停まっていた。やはり旧型客車で編成された列車はアンティックな味わいがある。


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空は陽が出たり翳ったりしている。やがて海は見えなくなり、幾つかの小駅に停まって1322レの終点、直江津に着いた。わずか1時間足らずの短い旅だった。



・・・・以下
http://blogs.yahoo.co.jp/tett169/20667586.html
( 旅ノートほぼ原文シリーズ )