の、修復版です。
1988年暮~1989年正月にかけ、 「 北斗星 」 の初乗りと
春の訪れと共に廃止となる“標津線”乗車を兼ねて道東方面へ・・
高崎からは「 あさま 」 で上野へ。
「 北斗星 」 は大宮からでも乗れるが、やはり始発駅から乗りたい・・。
・・やっとのことで5号の“ソロ”が確保できた。
(当初「3号」と表記していましたが、5号でした。・・お詫びして訂正たします。
暮れなずむ上野駅公園口。
ビデオ追加しました-1
少し早めに出かけ、JR北海道編成の1号も見学した。
やはりスシ24の赤いシェードに目が行く。
窓の向こうの通勤列車との対比が面白い。
やたらと新鮮に見えた“札幌”の行先幕。
北海道編成には、ロビーカーと食堂車にエンブレムがついていた。
TOKYO-539-SAPPORO
・・ちなみに539は、青函トンネルの長さ ( 53.85K ) らしい。
運転開始当初は通常のローズピンクだったEF81に“流れ星”が入った。
「 ゆうづる 」 が20系の時代から花形運用をこなしてきたEF81である。
この時点からも20年以上が過ぎ、ついに置き換えの話が現実に・・。
赤い車体に映える青いヘッドマーク。
乗車する5号が尾久から推回でホームに収まった。
115系との並びも日常のコトであった。( ブレご容赦 )
EF81の姿を・・。
1988.12.30 5レ「北斗星5号」
EF81 88 田
11 オハネフ25 10 北オク
10 オハネフ25 6
9 オハネ 25 10
8 オハネ 25 13
7 オハネ 25 239
6 ス シ 24 504
5 オ ハ 25 501
4 オロハネ25 503 B個9
3 オロネ 25 505
2 オハネ 25 21
1 オハネフ25 214
カ ニ 24 507
最後尾はカニ24。 この後編成方転やら経由変更やらで、
前になったり後になったり・・。
現在はどうなのだろう・・。
背後に見えるモハ114には、しっかり 「 Gマーク 」 がペイントされている。
「 ソロ 」 一階席に収まった。 ・・・初めての個室寝台体験。
当時流行の8ミリビデオ、「 ビデオウオークマン 」 が
ソフトと共に車内貸し出ししていた。
物珍しそうにいじくり回す・・。
ロビーカーの様子。
シャワールームが2室あり、“シャワーカード”を車掌氏から購入。
しばし佇む。 食堂車は予約が取れず、 「 パブタイム 」 でお茶を濁した。
ロイヤル・ソロ合造車のオロハネ25。 ロイヤル通路。
その先のソロ通路。
ソロ2階席は、共同階段を登って左右に分かれる。
こちらは2人用A個室、ツインデラックス。
「 ゆうづる 」 で先行慣らし運転をしていた。
あさ、雪原の彼方にそびえる駒ケ岳。
朝日が登り、夜行列車の醍醐味シーンとなる。
森を過ぎると噴火湾が広がる。 朝日と共に駒ケ岳は後方に下がる。
一夜明ける雪原を行く列車・・ドラマティックです。
何気に足を入れて自己主張・・・?
札幌から「おおぞら5号」に乗り継ぎ、釧路へ。
・・ 以下続く。