あさま銀嶺3号ぶろぐ

ヤフブロより移籍です

懐かしリーズ vol.51

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「荷電」。

まだ宅配便が今のように発達していなかったころ、
国鉄も手荷物輸送事業を行っていた。

といっても、駅に預けに来て駅に取りに行くスタイルだったようだが・・・。


一本の旅客列車がある程度長距離を走っていたこのころ、
その旅客列車の編成端に1~2両
郵便車と共に連結され、地方都市を目指した。

その後、晩年には荷物専用の列車が仕立てられるようになり、
例えば高崎線内は6両、高崎で分割して
上越線へ4両、信越線へは2両旅客列車併結で

等と運用されていた。


写真は72系旧型国電から改造されたクモニ83。
信越線へは横軽対策の関係もあり新性能車しか乗り入れなかったが、上越線は郵便車を除いてこの吊り掛け車が席巻。


長岡の70系が115系化されて以来
唯一となった吊り掛けサウンド上越国境にこだまさせていた。


岩原スキー場前付近     1980