信越本線321列車 (1980年頃、磯部付近だったか)
実は・・上野を朝6時過ぎに出発、高崎に9時前に到着する2321列車を起源とし、
高崎にてEF58からEF62にカマ交換、DE10/11により附属編成切落とし、マニ・オユを
その附属編成から基本編成に付け替えて(ここで客車13両から7両編成に)
カン高い唸りとホイッスルのEF62を先頭に信州を目指す列車・・・。
GWや夏休みには附属編成中の1両を(オハフ33が多かったような)基本運用に入れ、
EF62と8両の客車からなる今なら「超」イベント列車のような編成で走っていました。
~ 本当はこの列車、更に先を目的地としており、長野で一旦留置線に退くものの
当日中に新潟へ達するというものでした。
上野~新潟間全体のダイヤは、東京から新潟へはじめて直通したという列車のそれに
近く、最も歴史ある列車と言えたのかもしれません。
実用上も、この前の115-1000系長野直通鈍行は80系時代より高崎発朝7時と早く
(高崎線の接続もなかった)
早起きの苦手な私にはベストな列車でした。
・・先頭のオハフ45のデッキドアを開け放ち、
ロクニサウンドとともに浴びた追分の高原の風・・・
もう二度と味わえない貴重な思い出。